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東京地方裁判所 平成10年(ワ)20815号 判決

原告 株式会社東海銀行

代表者代表取締役 A

訴訟代理人弁護士 松尾翼

同 森島庸介

被告 Y

訴訟代理人弁護士 小山勉

主文

一  被告は、原告に対し、三三一九万八〇三五円及び内三二六五万五〇〇〇円に対する平成一〇年三月三日から完済まで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による金銭を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、原告が、①平成八年一二月一三日にBに対し貸し付けた一八〇〇万円の貸金、及び②平成九年一月三一日にCに対し貸し付けた一八〇〇万円の貸金について、(1)被告においてDを代理人として連帯保証した、(2)仮にそうでないとしても、被告は民法一一〇条の類推適用により連帯保証責任を負うなどと主張して、連帯保証契約に基づき右各貸金残元金、確定利息及び約定遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実

1  原告は、神奈川県信用保証協会の保証の下に、B(以下「B」という)に対し、次のとおりの約定により、金銭を貸し付けた(以下「本件貸金1」という)。〔甲三、四、六号証〕

① 貸付日 平成八年一二月一三日

② 金額 一八〇〇万円

③ 利息 年二・五〇パーセント

④ 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

⑤ 返済期限 平成一三年一二月一五日

⑥ 返済方法

(元本)平成九年一月一四日を第一回とし、以後、毎月一五日に三〇万円を支払う。

(利息)借入時に平成九年一月一四日までの利息を前払いし、以降、毎月一五日に一か月分を前払いする。

2  原告は、神奈川県信用保証協会の保証の下に、C(以下「C」という)に対し、次のとおりの約定により、金銭を貸し付けた(以下「本件貸金2」という)。〔甲一二、一三、一五号証〕

① 貸付日 平成九年一月三一日

② 金額 一八〇〇万円

③ 利息 年二・五〇パーセント

④ 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

⑤ 返済期限 平成一四年一月一五日

⑥ 返済方法

(元本)平成九年五月一五日を第一回とし、以後、毎月一五日に三一万五〇〇〇円を支払う。但し、最終回は三六万円を支払う。

(利息)借入時に平成九年二月一五日までの利息を前払いし、以降、毎月一五日に一か月分を前払いする。

3(一)  Bは、本件貸金1について、平成九年九月一二日以降、元本及び利息の支払を怠った。〔甲七号証〕

(二)  原告は、平成一〇年二月二六日到達の書面をもって「同年三月二日までに未払い金の返済がない場合は、同日の経過をもって期限の利益を喪失する」旨を通知した。〔甲八号証〕

(三)  Bから何らの返済のないまま、平成一〇年三月二日が経過し、Bは本件貸金1について期限の利益を喪失した。〔甲七号証の3〕

(四)  本件貸金1にかかる債務の現在額は、残元本一五六〇万円、別表一のとおり、未収利息一七万一二四四円、確定遅延損害金六万四二〇六円、残元本に対する期限の利益の喪失の日の翌日である平成一〇年三月三日から完済まで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金である。

4(一)  Cは、本件貸金2について、平成九年八月一五日以降、元本及び利息の支払を怠った。〔甲一六号証〕

(二)  原告は、平成一〇年二月二六日到達の書面をもって「同年三月二日までに未払い金の返済がない場合は、同日の経過をもって期限の利益を喪失する」旨を通知した。〔甲一七号証〕

(三)  Cから何らの返済のないまま、平成一〇年三月二日が経過し、Cは本件貸金2について期限の利益を喪失した。〔甲一六号証〕

(四)  本件貸金2にかかる債務の現在額は、残元本一七〇五万五〇〇〇円、別表二のとおり、未収利息二一万六一二七円、確定遅延損害金九万一四五八円、残元本に対する期限の利益の喪失の日の翌日である平成一〇年三月三日から完済まで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金である。

二  争点

1  被告が、本件各貸金について、Dを代理人として連帯保証したか否か

【原告の主張】

(一)(Dの代理)

被告は、本件貸金1及び本件貸金2(以下「本件各貸金」という)の各貸付日と同日、D(以下「D」という)を代理人として、各借入金債務について連帯保証契約(以下「本件各連帯保証契約」という)を締結した。

(二)(Dの代理権を推認させる事実)

Dは、Bを主債務者とする本件貸金1について連帯保証契約を締結する際も、Cを主債務者とする本件貸金2について連帯保証契約を締結する際も、いずれの場合においても原告横浜支店に被告の実印と健康保険証を持参してきた。

また、本件各貸金契約及び本件各連帯保証契約の締結に先立って、主債務者であるB及びCを通じて、被告の印鑑登録証明書(平成八年一一月二五日発行)が原告に提出されている。

【被告の主張】

(一) 代理人Dによる本件各連帯保証契約の締結の事実は、否認する。

(二) 被告は、友人のE(以下「E」という)に対し、リゾート会員権を解約するためと、ダイヤルQ2の登録をするために、印鑑登録証明書と実印を渡したことはある。なお、健康保険証を渡したことはない。

しかし、被告は、本件各貸金についての保証の話は聞いたこともなかった。被告は、原告から催告書を受け取って初めて本件各連帯保証のことを知ったものである。

2  被告は、民法一一〇条の類推適用により、本件各貸金について連帯保証人としての責任を負うか、否か

【原告の主張】

仮に、被告においてDに対する本件各連帯保証契約の締結についての代理権授与の意思がなかったとしても、以下に述べるような事実関係の下においては、被告は、民法一一〇条の類推適用により、本件各貸金について連帯保証人としての責任を免れない。

(一)(基本代理権の授与)

被告は、Eに対し、ダイヤルQ2への登録のため、実印及び印鑑登録証明書を交付した。

(二)(E及びDによる権限踰越行為)

Eは、Dと共謀し、Dをして被告本人であると称させて、原告との間で、本件各連帯保証契約を締結させた。

(三)(正当理由の存在)

原告は、本件各連帯保証契約の締結に先立ち、被告の印鑑登録証明書を受領し、各契約締結当日、被告本人と称する者に面前で保証契約書に自署捺印させているから、保証意思の確認方法としては、銀行として取り得る最善の方法を講じている。

また、本人確認に際し、まず運転免許証の提示を求めたところ、車を運転しないとの理由で免許証を所持していなかったため、その代わりに健康保険証を提示させて本人確認を行ったところであり、本人の確認方法において不注意な点はない。

その他、Dが替え玉であることを窺わせるような事情は存在しなかった。

したがって、原告が、Dが被告本人であると信じたことについて過失がないことは明らかである。

(四) 被告は、原告には、保証人の勤務先の身分証明書、給料明細書、納税証明書等の確認をし、居住家屋やその敷地の登記簿謄本の調査等を行うべき注意義務があるかのように主張するが、本件のような信用保証協会の保証付き融資においては、保証人の適格性や支払能力は信用保証協会が判断するのであり、原告に保証人の勤務先の身分証明書、給料明細書、納税証明書等の確認をし、居住家屋やその敷地の登記簿謄本の調査する義務はない。

また、原告は、信用保証協会に対して保証人の保証意思を確認する義務を負っているが、本件においては、本人と直接面談の上、本人確認のために身分を証明する書類の提示を求め、その者が本人名義の健康保険証を所持していることを確認したのであり、しかも、その者が本人の実印を所持していたのであるから、右の確認義務は尽くしたものというべきである。

【被告の主張】

(一) 本人から一定事項の代理権を与えられた者が、第三者と共謀し、第三者において本人と称して代理権を超える行為をした場合において、民法一一〇条を類推適用すべきであるとの主張は争う。

(二) 原告に民法一一〇条の正当理由はない。

原告は、金融機関として最高度の注意義務を負うにもかかわらず、本件各連帯保証契約締結の際の保証人本人の確認は、健康保険証によってしたに過ぎず、それ以上の確認手段を講じていない。

しかし、保証人の勤務先の身分証明書、給料明細書、納税証明書等の確認をし、居住家屋やその敷地の登記簿謄本の調査等を行えば、その過程でDが替え玉であることに気付くことになったはずと思われる。また、原告横浜支店の担当者は、本件各貸金の貸付日前に被告宅に電話もしていない。借入金額の大きさからみても、金融機関としての注意義務を欠き、過失があることは明らかである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  原告は、本件各連帯保証契約を締結するについて、被告がDに対し代理権を授与したことを推認させる事実として、Dが、Bを主債務者とする本件貸金1について連帯保証契約を締結する際も、Cを主債務者とする本件貸金2について連帯保証契約を締結する際も、いずれの場合にも原告横浜支店に被告の実印と健康保険証を持参してきたこと、本件各貸金契約及び本件各連帯保証契約の締結に先立って、主債務者であるB及びCを通じて、被告の印鑑登録証明書(平成八年一一月二五日発行)が原告に提出されていること、を挙げる。

2  確かに、右の事実は〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、また、証人Dは、①Eから本件各貸金について被告が連帯保証することを承諾したことを聞いた旨、②Eから、眼が悪くて名前もよく書けない被告に代わって原告横浜支店に出向き書類を作成するように頼まれた旨、証言する。

3  しかしながら、被告は、友人のEに対し、リゾート会員権を解約するためと、ダイヤルQ2の登録をするために印鑑登録証明書と実印を渡したことはあるとしつつも、本件各貸金について保証してほしいと依頼されたことは全くなかった旨、また、本件各連帯保証のことは原告から催告書を受け取って初めて知ったものである旨陳述する〔乙三号証〕ところであって、右のD証言が、全体としてあいまいなものであり、右①の内容も②のそれもいずれもEから聞いた話あるいはEから頼まれた話に過ぎないこと、被告が本訴の係属中に脳動脈瘤破裂で倒れたため、被告の証言が得られない状態であることを考慮すれば、右の原告が指摘する事実やD証言から、被告が、Dに対し本件各連帯保証契約締結の代理権を授与したものと認定することは相当でないというべきであり、他に右の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

4  したがって、Dの有権代理を根拠とする原告の本件各連帯保証債務履行請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  争点2について

1  被告が、友人のEに対し、ダイヤルQ2への登録のために実印及び印鑑登録証明書を交付したことは、被告において自認するところであり、この事実によれば、被告は、Eに対し、ダイヤルQ2への登録手続を行う代理権を授与したものと推認することができる。

2  次に、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、Dは、本件各連帯保証契約の締結に際して、Eから、被告の替え玉となって右各契約を締結するように依頼されて、これを承諾し、Eから被告の実印と健康保険証を預かり、本件各貸金契約締結の日に主債務者らとともに原告横浜支店に出向き、自分が被告であると名乗ったこと、原告横浜支店の担当者は、Dが連帯保証人である被告本人であることを確認するため、Dに対し運転免許証の提示を求めたところ、Dは、車を運転しないので免許証は持っていないと答えたこと、そこで、原告横浜支店の担当者は、他に何か本人であることを証明する物を所持していないか尋ねたところ、健康保険証なら持っているとのことであったので、健康保険証の提示を求めたこと、原告横浜支店の担当者が健康保険証を確認したところ、予め主債務者を通じて提出を受けていた被告の印鑑登録証明書と同一の住所・氏名が記載されていたので、右担当者は、Dが被告本人に間違いないものと判断したこと、Dは、各金銭消費貸借契約書の連帯保証人欄に被告の住所と氏名を記載し、被告の実印を押捺したこと、右の原告横浜支店における本人確認や契約書作成の経過中に、原告横浜支店の担当者をしてDが替え玉であることを疑わせるようなDあるいは主債務者らの言動等は見られなかったこと、以上の事実を認めることができる。

3  ところで、本人でないのに本人であると称した者が、本人から一定の代理権を与えられた者と共謀して、右代理権の範囲を超える行為をした場合において、その行為の相手方が、右行為を本人自身の行為であると信じ、かつ、そう信じたことについて正当な理由があると認められるときは、民法一一〇条の類推適用により、右の相手方は保護されると解するのが相当である。なぜならば、本人から一定の代理権を授与された者が、本人自身であると称して右代理権の範囲を超える行為をした場合において、相手方がこれを本人自身の行為であると信じ、かつ、そう信じたことについて正当な理由のあるときは、民法一一〇条の類推適用により表見代理の成立を認めて相手方を保護すべきである(最高裁昭和四四年一二月一九日判決・民集二三巻一二号二五三九頁)が、代理人が本人と自称して代理権の範囲を超える行為をした場合と代理人が第三者と共謀してその第三者が本人であると自称して代理権の範囲を超える行為をした場合との間で、善意無過失の相手方の保護に差異を設けるべき合理的な理由はないからである。

4  そこで、これを本件についてみると、本件は、右1、2のとおり、被告本人でないのに本人であると称したDにおいて、本人である被告からダイヤルQ2への登録手続を行う代理権を授与されたEと共謀して、右代理権の範囲を超えて本件各貸金についての連帯保証契約を締結した場合であるが、右2の認定事実に照らせば、右行為の相手方である原告において、本件各連帯保証契約締結行為をしたのが本人である被告自身であったと信じ、かつ、そう信じたことについて正当な理由があったもの、すなわち善意無過失であったものというべきである。

なお、右の点について、被告は、保証人の勤務先の身分証明書、給料明細書、納税証明書等の確認をし、居住家屋やその敷地の登記簿謄本の調査等を行えば、その過程でDが替え玉であることに気付くことになったはずであるなどと、原告が無過失であることについて争うところ、確かに、原告は金融機関として本人の確認について高度の注意義務を負うものというべきであるが、本件各貸金が信用保証協会の保証付き融資であって、保証人の支払能力等の保証人の適格性に関する事項は主として信用保証協会において判断するものとされ、少なくとも信用保証協会との関係においては、原告が主として保証人の適格性の判断に関わる事項である保証人の勤務先、給料明細書、納税証明書等を確認し、居住家屋やその敷地の登記簿謄本の調査等を行うべき義務を負担していないこと〈証拠省略〉を考慮すれば、本件において、原告が、本件各連帯保証契約の締結に際して、被告の勤務先の身分証明書、給料明細書、納税証明書等の確認をしたり、居住する家屋やその敷地の登記簿謄本の調査等を行わなかったことを捉えて、本人の確認について過失があったものとすることはできないというべきである。本件の各借入金額がそれぞれ一八〇〇万円であるとの点も右の判断を左右するものではない。

5  したがって、被告は、民法一一〇条の類推適用により、本件各連帯保証契約に基づく責任を免れないものというべきである。

三  請求の当否について

基礎となる事実1ないし4及び右二5によれば、被告は、原告に対し、本件各連帯保証契約に基づき、本件貸金1にかかる債務の残元本一五六〇万円、未収利息一七万一二四四円、確定遅延損害金六万四二〇六円及び残元本に対する期限の利益の喪失の日の翌日である平成一〇年三月三日から完済まで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金並びに本件貸金2にかかる債務の残元本一七〇五万五〇〇〇円、未収利息二一万六一二七円、確定遅延損害金九万一四五八円及び残元本に対する期限の利益の喪失の日の翌日である平成一〇年三月三日から完済まで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第四結論

右のとおりであるから、原告の請求は、すべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川勝隆之)

〈以下省略〉

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